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―20XX年、銀誓館のどこか―
桜庭芽維子は戸惑っていた。この隣の級友に。
目の前の彼女は紬か、銘仙か。着物とはあまり縁が無いので見分けがつかないが、素人目にも愛らしく見える着物を纏っている。丁寧にも頭には彼女の髪に映える色のリボンまで結ばれており、時代がかった女学生といった風情。
野良モーラットを捕獲するという依頼で一緒になり、奇遇にもその直後のクラス替えで一緒になったので親しい仲ではある。
クラスでもそれなりに目だっており、年の割りに高めの身長と相まって気さくなお姉さんといったところか。
……その彼女の、この重々しさは何なのか。
長い髪は夕陽に染まり、地獄の河もかくやと言わんばかりの暗く重たい禍々しさ。
瞳はどこか月長石を思わせる色。澄んでいるのにも関わらず、今はどこか重々しい。
肌は抜けるように白いが、それも今は彼女を無機質に見せることに一役かってしまっている。
何より、彼女自身の発する雰囲気が可愛らしく女学生めいた着物を喪服か死装束か何かに仕立てているのだ。
私の級友。14歳。少しばかり背は高いし大人びているけれど、まだ中学生だ。
能力者とはいえこの歳で修羅道をくぐるような者はそうそうおるまい。
しばし級友の新しい、そして異様な側面を目の当たりにして呆然としていたが、本来の目的を思い出し、告げる。
「――さん。今日の水槽の水換え、――さんなんだけど……」
「やだ。」
一言で斬って捨てられた。
「あの、だからね、クラスのきまりで今日は――さんの日なんだけど」
「やだ。冬の間は絶対にやだ。」
クラスの中でも、冷たい水で肌を荒らすのを嫌う女子は多く、そのために水道の横にはハンドクリームを用意してある。作業が終わったらすぐに塗ればいいではないか。
そういったことをまくし立てても、ぽつりと「やだ」の一点張り。
しかし、そのやりとりが5分ばかり繰り返されたところで彼女が唐突に話題を転換した。
「ねえ、あなた。人が暖かさを失っていくときの恐ろしさって、知ってる?」
唐突になんだろう。少し前に長らく入院していた祖母が亡くなり、その時に触った祖母の頬は冷たかった。
しかしそれが何だというのだ。人が亡くなったら冷たくなるのは当たり前ではないか。
「ああ、うん。知っているけど……」
「ほんとうに?」
あまりに追及するので祖母の亡くなった時の話をすると、彼女は微笑み、そして
「それ、失われた後のことよね。まさにだんだんと失われていくときの事なんて、知らないんでなくて?」
あまりに妖艶に笑いながらさらりというのでこっちが怖い。
「じゃあ、――さんは、知っているんですか。」
「ええ。嫌になるくらいに知っているわ。」
「みぞれ交じりの雪が降っている夜にね、母さんが殺されたの。」
「私を護りながらで、なんとか逃げ切ったけど、傷が深すぎた。」
「元から母さんは色が白かったけど、血がどんどん流れ出ているせいで降っている雪より白くなっていった。」
「路地裏に隠れながら、私を抱きしめてくれていた。」
「その母さんから暖かさがどんどん無くなっていって、話しかけてくれる声も途切れ途切れになっていったのよ。」
「もっと、少しでも長く母さんと話していたかったから一晩中一生懸命話しかけていたけど……夜空が白んできた時にはもう、母さんは何も答えてくれなくなっていた。」
「そして一晩中話しかけ続けていた私は、母さんの体温が徐々に失われていくのを、今でも覚えてる。」
「あと、水槽の水の件だけど。一晩中みぞれまみれになっていたから冷たいものはアイスクリーム以外まっぴらごめんなのよ。アイスはね、私の記憶にある限りでは父が最後に買ってくれたものだから。」
暴力的なまでにまくし立てられる、彼女のお母さんが亡くなったときの状況。
ゴースト事件なのかな、話から推測するにお父さんも亡くなっているのかな、と思ったが、彼女の死んだような目が怖くて何も言い出せない。
私が何も言い出せないまま立ち尽くしている間、彼女は窓から北西の方角を見つめて何かを小さく呟いたけど、私には聞き取れなかった……
「 何 故 母 さ ん を 護 ら な か っ た 」