線引き

※少々性的な描写注意
(寝て起きたばかりのエスト。)

傍目から見れば、白粉なぞ付けなくとも、と思うような肌には、滝のような汗が浮かんでいる。
これまた、アクスヘイムで採れた珊瑚のような唇は、半開きに。

また、夢を見た。幼い頃の忌まわしい記憶を。
殺しを働いた記憶は不思議なまでにただの記憶として残っている。
問題は、殺しの仕事に附随する、その前の出来事。

肉塊が、その懐から鎌首を持ち上げた何かが、雛の人形のような童女を
狙っている、
覆い被さっている、
襲っている、
食い荒らしている。



あの一夜以来、エストの心には一本の線が引かれている。
その線を越えない限りは、猥談にもにこやかに加わり、セクハラだろうが何だろうがやられたらやり返せる。
夏のような明るさと言うべきか。

その夏の反対側には、氷が張っている。春のぬかるみには程遠い。
蕾を落とせば、春になろうとも花は咲かない。実もつかない。
線を踏み越えようとすれば、月夜の吹雪のように厳しい笑みを向ける。


夏の花のように朗らかな娘と、冬の夜風のように酷薄な女。悪夢を見る度に、冬は深くなってゆく。